80年のものがたり 左から、2代目車両の搬入、牛を使った建設工事、もたて山キャンプ場、開業当時の坂本駅

80年のものがたり

80年間のア・ラ・カルト

歴史薫る石積みの町・坂本から聖峰・比叡山へ80年。その歴史には、さまざまな出来事がありました。80年の物語をア・ラ・カルトでお届けします。ケーブルに乗る11分間がもっと楽しくなることでしょう。

大正ロマンを80年間、語り続ける駅舎。

1927(昭和2)年、開業当時の姿を残します。
  • ケーブル坂本駅(現在の姿)ケーブル坂本駅(現在の姿)
  • ケーブル延暦寺駅(現在の姿)ケーブル延暦寺駅(現在の姿)

開業当時の姿を伝える駅舎。昭和初期の開業当時にはモダンな洋風建築として評判を呼びましたが、21世紀の現在では大正ロマンの薫り高く時代を語ります。

特に、ケーブル延暦寺駅には貴賓室が設けられ、首相経験者や松下幸之助など、参詣した著名人の芳名録が残されています。この貴賓室は現在ではギャラリーとして使われ、海抜654mの見晴台からの眺めは、まさに天下一品です。
また、待合室内部は城壁塗りで、天井の出っ張り角や壁面の隅々に、金茶のビード繰り出し状になる陶器で装飾が施されています。これは当時、欧米で盛んに使われたバロック建築によく見られる室内装飾で、ビード状の模様は一見数珠を思わせる感じがすることから採り入れられました。

さらに、外観も極端に縦長の窓、上部庇の支えの形、珍しい模様のレリーフなど、大正ロマンの粋があふれています。

両駅舎は1997(平成9)年には国の「登録有形文化財」となり、2001(平成13)年にケーブル延暦寺駅は「関西の駅百選」に認定されています。

善男善女を運んだ三代の車両たち。

初代(1927-58)、二代目(1958-93)、三代目(1993-)。
  • ぴかぴかの初代車両ぴかぴかの初代車両
  • 搬出される2代目車両 搬出される2代目車両

木造の坂本ケーブルの初代車両は当時は「日本最大」。戦争中には特攻機運搬用に改造されて哀れな姿になりましたが、戦後には復元、1951(昭和26)年にはブルーとクリームのツートンに塗り替え「紫雲」「瑞雲」と名付けられました。

さらに大型化したのが1958(昭和33)年に登場した鋼製の2代目車両です。正面2枚窓・前照灯1灯のスタイルは当時の流行でした。オレンジ一色だったこの車両も、1965(昭和40)年、やはりブルーとクリームのツートンになりました。

1993(平成5)年に登場、現在活躍中の3代目は、大きな窓を備えたヨーロッパ調の車両で「縁」「福」と命名されました。なお、同時に、巻上機も最新のインバータ制御方式に交換されています。

80年、中には哀しい出来事も。

1945年、特攻基地建設のため海軍に接収される。
  • 客室天井と側壁を撤去、「貨車」にされた車両客室天井と側壁を撤去、「貨車」にされた車両
  • 接収前に破壊された特攻機発射台 接収前に破壊された特攻機発射台

戦争は、坂本ケーブルの歴史にも影を落としています。1945(昭和20)年5月、坂本ケーブルは海軍に接収されます。本土決戦に備え、比叡山頂に人間ロケット特攻機「桜花」の発射基地を設置することになり、その資材運搬のためでした。

発射台も完成、走行テストも完了し、あとは実戦投入を待つばかりの状態だった8月15日に日本は降伏。発射台は米軍の接収前に破壊され、跡地はしばらく、キャンプ場として使われました。このページのトップにあるもたて山キャンプ場の写真がそれです。

ちなみに、もたて山駅はキャンプ場へのアクセスのため1949(昭和24)年に「裳立山遊園地」駅として開業し、1974(昭和49)年に改称されました。 また、一方のほうらい丘駅の開業は1984(昭和59)年と、意外と新しい出来事です。

2025m。日本一長~いケーブルカーです。

1966年、日本最長のケーブルカーに。
  • 建設には牛がかり出されました(ページのトップの写真もご覧ください)建設には牛がかり出されました(ページのトップの写真もご覧ください)
  • 想像を絶する難工事の連続でした。 想像を絶する難工事の連続でした

ケーブル坂本・ケーブル延暦寺両駅の高低差は480m。21世紀ほど土木技術が発達していなかった当時は、大変な難工事の連続で、工事には牛車がかり出されるなどでした。

「霊山の山肌に、開発の爪痕が一切残らないように」という延暦寺や、「車窓から神聖なる官幣大社の社殿を見下ろされるのは」という日吉大社の要望を受け、大津から線路が見えないよう配慮された結果、坂本ケーブルは、トンネル2カ所を含む、カーブの連続した2025mの路線となりました。

その後、1944(昭和19)年に愛宕山(2135m)、1966(昭和41)年に伊香保(2090m)のケーブルが廃止されたため、坂本ケーブルが「日本最長」のケーブルカーとなり現在に至っています。

なお、「高低差日本一」(580m)の叡山ケーブルとあわせて比叡山回遊ルートをとると、二つの「ケーブル日本一」を体験できます。